人間の生活の基本である「農業」を柱に据えて、「負のスパイラル」から依頼者を引っ張り出すことを目指す弁護士・岩崎紗矢佳氏の農業観・農地観

岩崎紗矢佳 氏

長野県生まれ。
大学卒業後、総合商社、ベンチャー企業等勤務、法科大学院を経て2014年弁護士登録。2017年に「ゆずの木法律事務所」を設立。

「畑に一番近い弁護士」として農地・農業の法的支援に携わり、農地を取り巻く法的問題、農家の相続、農業の事業承継、農業者の顧問などを手掛ける。
『事例に基づくQ&A!だからリアルにイメージできる~法律相談で活かす 農地法の基礎知識』(第一法規、2024年。共著)、「Q&A農地の権利移動・転用許可の判断-要否・拒否・手続-」(共著・新日本法規)など、著書多数。
 

 
 

■司法修習期間の自己開拓プログラムで農業法人に行ったのが、弁護士として農業をやろうと思ったきっかけ

――弁護士として農業に力を入れるようなきっかけを教えてください。

岩崎:とりとめのない話になってしまうかもしれないのですけれど、司法修習の話からしますね。

弁護士になるには、司法試験に受かったあと、1年間司法修習を受ける必要があります。原則的なルートとしては、最高裁判所が管轄する司法研修所に入って、その卒業試験に受からないと弁護士登録ができません。

司法修習では、1年弱くらい全国各地の裁判所に配属されます。私の場合、山形地方裁判所に配属され、山形地方裁判所、山形地方検察庁、山形市内の法律事務所に2、3ヶ月ぐらいずつ転々として、約10ヶ月研修しました。裁判官、検察官、弁護士の仕事を体験します。

また、そのほかに、希望者のみですが、当時は、自己開拓プログラムといって、自分で見つけてきた先でインターンをしてきてたら、それも司法修習の成果として認めてもらえる制度がありました。

法曹は特殊な世界で社会を知らないといった声もありますが、裁判官、検察官、弁護士の多くが行う業務のほかに、このようなプログラムを経験して、社会の様々な場所で法曹として役に立てるように研修をするのです。

――岩崎さんは自己開拓プログラムに行かれましたか?

岩崎:はい。私は、山形県内にある農業法人に約2週間行きました。
山形で過ごした経験が、弁護士として農業に携わろうと思ったきっかけになりました。


■山形の生活の中で「農業や農家出身というのはむしろ誇れることなんだ」ということにふと気づきました

――自己開拓プログラムで農業法人に行くことはよくある話ですか?

岩崎:いいえ、ほぼ無いと思います。司法研修所の教官には「前代未聞」と言われました(笑)。

司法研修所が想定している自己開拓プログラム受入先は、たとえば、労働基準監督署とか、報道機関の社会部とか……ですかね。法曹と関係のあるところへ行くからこそ、司法修習の一環と認めるよ、ということなのですけれど。

私はそこで農業法人に行きました。私は、当然、弁護士は農業の支援をするだろうと、何となく思っていたので、法曹と農業は関係あるだろうと思っていました。

ただ、その時、周りから「法曹と農業と何の関係があるの?」と言われたり、「岩崎が農業法人の自己開拓プログラムを申請したらしいぞ、あいつは何を考えているのだ!?」と、ちょっとザワザワみたいなことがありました(笑)

――(笑)。

岩崎:私は、「えっ、ダメなの?なんで?」という感じだったのですけれども(笑)

そこで、農業と弁護士の関わりを改めて考えたことがきっかけで、弁護士になってからも農業を支援しています。

――自己開拓プログラム先に、農業法人を選んだきっかけは?

岩崎:私の出身は長野県で、祖父母が農家でした。

子どものころの記憶を辿ると、どこまでも田んぼが続く風景の中、祖父母の田んぼで田植えや稲刈りを手伝ったり、オタマジャクシを捕まえたり、タニシやイナゴを捕まえたり、そういう原体験、原風景みたいなものがありました。

――親は農業をしていなかったのですか?

岩崎:そうですね、両親は、田植えや稲刈りなどの手伝いはしましたが、農業には携わっていません。私が高校に入るタイミングで親の仕事の関係で東京に引っ越してきました。

東京・多摩地域に引っ越して、都立高校に通いました。
通っていた高校はいわゆる進学校だったことも影響していると思いますが、実家が農家という人に全然出会いませんでした。そのときは、私自身は農家にルーツがあるということを、何かものすごく恥ずかしい、ダサいと思い始めました(笑)

――ちょうど高校入学の時期ということもあるかもしれませんね?(笑)

岩崎:(笑)。そうかもしれない。外見とか気になる年頃ですよね。

東京の子って、こんなにおしゃれなの?ピアス開けてる!雑誌に載っている服着てる!みたいな。
高校は私服校だったのですが、当時、安室奈美恵さんがすごく人気だったんですが「あの子、安室ちゃんと同じミニスカート・・・」みたいな。カルチャーショックはすさまじかったです(笑)。

そういった経験もあって、農業ってダサいというイメージがあったり、農家出身って絶対に言いたくないという気持ちがあったりしました。

それから、東京の大学を出て就職したのですが、就職活動の時も、「カッコいい会社に入りたい」といわゆる総合商社に入りました(笑)

――その会社ではどうでしたか?

岩崎:本当におしゃれでカッコいい会社でした(笑)。
ただ、入ってみたら、ちょっとみんなに付いていけなくなりました。

というのも、職場には、帰国子女や海外経験者も多いし。もちろん全員ではなく、半分くらいかな。そうでない人も半分くらいはいたはずなのですが、私には、全員がキラキラしているように見えましたね。

みなさん、本当にお育ちがよく、とてもいい方ばかり。指導をしてくれる先輩も聡明な方が多く、嫌な思いはしませんでしたが、私が培ってきた価値観とは、まったく違っていました。

――どう違うんですか?

岩崎:たとえば、年末年始は、私は、田舎に帰って、おじいちゃんの家のこたつでミカン食べて、紅白歌合戦見て、年越しそば食べてという感じだったのですけれど。

職場では、「クリスマスの休暇から香港のナントカ運河のイルミネーション見るのよ」「ウィーンでの年越しは、ナントカ広場の前で、みんなでグラスを割るのよ」とか、そういう話を聞いて……何だか、おしゃれ過ぎて付いていけなくて(笑)。
「あ、私、ちょっと違うんだな」と思ったのです。

4年程、商社で働きましたが、転職しました。その転職先がM&Aで買収されたり、次の転職先は倒産したりもして、最終的には、日本の大手企業グループに就職しました。
そこで法務担当となり訴訟を担当したことで、私も裁判所のあのバーの中に入りたいと思って。バーというのは傍聴席と法廷の境にある柵のことですね。

――それが弁護士になった理由ですか?

岩崎:それともうひとつ、今はだいぶ変わっていると思いますが、当時、私が伝統的な日本の大企業の中で見たのは、いわゆる一般職・総合職というコース別職掌制で、一般職のほぼ100%を占める女性は、大企業であれば、収入や福利厚生という意味では安定していると思いますが、人生において広い世界を見る機会が乏しいと思いました。

たとえば、何等かの私的なトラブルに巻き込まれたときに、総合職の男性社員は、社外の付き合い等々で弁護士を紹介してもらえたりしますが、一般職の女性社員はそういった人脈がない。

上司や周囲の男性社員に、トラブルに巻き込まれたので弁護士探しているんです。どなたか紹介してもらえませんか?とは中々切り出せないですよね。
そういった日々の仕事以外の面で、広い世界を見ることができる職業に就きたいな、と強く思ったこともあります。

私自身は、その会社は総合職で入ったので外部と接する機会があったのですが、私を可愛がってくれた何人かの一般職の先輩方が折に触れて私を頼りにしてくれるんです。まだ20代のただ法務を担当しているだけの後輩なのに。

だから、私は女性の司法アクセスのハブになりたいとも思いました。それで、弁護士を目指すことにしました。

当時の先輩の一人が、先日、サプライズで私の弁護士登録10周年記念のプレゼントを贈ってくださって。忙しさもあって中々連絡を取ることもできていなかったんですけど、10年間ずっと見守ってくれてたんだな、と思ったら、涙が出ましたし、頑張らなきゃって思いました。

――弁護士を目指す方は、学生時代から目指しているイメージがありますが、就職や転職を重ねても年齢的にはまだなれるものですか? 勉強が大変な気がしますが。

岩崎:なれましたねー(笑)。
私は、20代は迷走して、30歳になる時にいわゆる法科大学院、ロースクールに入りました。ロースクールを卒業すると、司法試験の受験の資格が得られます。
たしかに、勉強は大変です。頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい勉強しました。

昔に比べて司法試験の合格率が上がったと言われますが、私が通っていたロースクールは、卒業するのがけっこう大変なんですよ。
毎期の試験でもバンバン落とされます、留年も多いです。留年が続くと退学になります。
受験資格を得るまでにそれなりの数が篩にかけられているんです。

そのロースクールに3年間通って、1回司法試験に落ちているので、30歳からの4年間を全て勉強に費やしました。ちょうど34歳になるころ、2013年に司法試験に受かりました。
それで、1年間司法修習に行って、司法修習を無事終えて、2014年に弁護士になりました。

――ロースクールには、どのような方たちがいるのでしょう?

岩崎:社会人経験がある学生も積極的に受け入れてはいましたが、大半はやっぱり若い、大学を卒業してそのままロースクールに入った人たちでした。
多くが裕福な家庭の出身で、日本のトップクラスの大学を出た方が多くて、商社にいた頃と同じように、ここでも、みんなキラキラしているように、当時は見えました。
今は、幻想だったんだな、と思いますけど。

でも、勉強するところなので、そんな雑念は放っておいて、一生懸命勉強して受かりました。さっきも言いましたが、頭がおかしくなるくらい勉強しましたね。家で母親に話しかけられたとき、真顔で法律用語で返答するとか、ちょっとコミュニケーションがおかしい時期もありました(笑)。

あと、電気を消して寝るのが怖いんですよ。電気を消してウトウトと眠りにつきそうになると、ハッと目が覚めて「勉強しなきゃっ!寝ちゃダメだっ!」ってなるんです。自習室で居眠りをした感覚なんでしょうね。
なので、電気を付けて寝て、ウトウトしたときにパッと目を開けて「あ、自習室じゃない。家だ。寝ていいんだ。」って確認して自分に言い聞かせないといけないんです。だから、毎日電気は付けたまま寝てました。

他にも、息抜きにロースクールの友人とスタバに行っても、何を話すかというと、六法全書をテーブルの上に出して、せーの!で開いたページの条文番号だけを読み上げ、その条文に書いてある内容を答える!みたいなゲームをしていました。たとえば「せーの!」(六法を開く)「民法423条!」(早押しクイズの要領で)「はい!債権者代位権!債権者代位権の要件は・・」みたいな感じです。退きますよね(笑)。

当時、高校時代の親友が海外に住むことになったので、勉強で忙しい私に別れの挨拶をしにロースクールまで来てくれたんですよ。でも、私がこんな調子で、彼女は苦笑いしていましたね。

今でも、ロースクールの近くを通ると、当時がフラッシュバックして、ちょっと眩暈がします。それくらいの強烈な4年間でした。

――山形に司法修習で行く前に、いろいろな経験をされたのですね。山形では何か大きなきっかけとなる出来事はありましたか?

岩崎:山形では、いつも農業の話題があるなと気づきました。NHKの夜8時45分からのニュースでは、毎日、農業の話題が報じられていました。

お米の作付面積がどうだとか、台風で収穫間近の野菜がやられちゃったよとか、保育園の子どもたちが沢庵漬け体験しましたとか。いろいろありますが、そういうのをみて、「あれ、農業って実は大事なんじゃないの!?」みたいな、「農業って、別にダサくないんじゃないの!?」ということを山形の生活の中で気づいたのです。

「人間の生活の基本って農業なのではないか」と。
キラキラした世界ももちろんあってよいけれども、たぶん、農業がなかったら人間って生きていけないんだよね、ということに、その時に、はっと気づきました。
そして、「農業は人間の基本だよね」と思って、農業のことを勉強したいみたいなと思い、自己開拓プログラム先を探しました。

――それでは、約20年ですね。長野で農作業を手伝ったりしていて、そこから東京に引っ越したのが、15、6歳ぐらいでしょうから。20年の時間が空いた後に、改めて人生が農業につながるわけですね。

岩崎:そうそう。20年。

農業に注目すると、山形では、司法修習で出会う地元の方に、実家が農家という人がすごくたくさんいるということにも気づきました。

司法修習中の会話に「米農家なんですよ」とか、「6月にうちのさくらんぼが出荷になるので食べますか」とか、そんな話がいっぱいあって……「あれ、農家出身って、そんなに口に出していいものなの?ダサいと思われないの?」という気持ちになったのです。

山形の生活の中で、「いやいや、農業や農家出身というのはむしろ誇れることなんだ」ということに、ふと気づきました。それで、私の迷走した20年が終わるわけです(笑)。
20年って長いですよね、なんでもっと早く気付けなかったんでしょうね。人間の呪縛って怖いですね(笑)。

そんなわけで、山形で出会った方々には本当に感謝なんです。私の人生の霧を晴らしてくれた人達です。

今は、ダサくても気にしないし、バカにされたって構いませんけどね。私の人生ですから。

それに、いま、弁護士として仕事していると、傍から見ているとキラキラしている人でも、困りごとを抱えていて相談にいらっしゃることは、よくあります。
光と陰は表裏だって、本当に思います。
「世間には光の方だけを見せておいてください。陰の部分は、私が引き受けますから。」と思ってご依頼を受けています。


■「あ、私って農家のDNAが流れている」と気づきました

――自己開拓プログラム先はどのように選びましたか?

岩崎:周囲にも相談しながら、農業関係で自己開拓プログラムを受け入れてくれるところを探していたら、とある弁護士の先生から農業法人を紹介していただきました。

――自己開拓プログラム先を紹介してくれた弁護士は、農業法人にもネットワークがある方ですか?

岩崎:ベテランの弁護士で、地元の名士の方で、農家に限らずいっぱい知り合いがいらっしゃって、皆さんに慕われている先生でした。

――なるほど。地元の名士なら、顔が広いですよね。

岩崎:そうなんです。それで、「知り合いの娘さんが農業法人の社長をやっているから、そこに繋いであげるから、そこに行きなよ。そしたら、たぶん、女性の農業者の現実がわかると思うし、現場も学べるよ。」ということで、ご紹介いただいて。
そこで、その農業法人に自己開拓プログラム受け入れてもらえることになったのです。

その農業法人には、山形の人だけじゃなくて、全国から女性で農業をやりたいという人が集まっていました。そこでいろいろな話をして、一緒に農作業をする中で、何か、すごくラクなんですよね。話していて話の内容がしっくりくるというか、気疲れしないというか。

一日中、一緒にいるわけです。軽トラ乗ったり、作業したりして、いろいろな話をずっとしゃべっているのです。そんな中で、価値観が合うな、自然体でいられるな、楽しいな、と感じました。
都会でハイヒールはいているのとは違いますが、畑で泥まみれになってても、みんな眩しかったですよ。

それで、「あ、私って農家のDNAが流れている」と気づきました。DNAというか、原体験であった祖父母の田畑での経験が、刻まれているのかなと。稲の落穂拾ったり、イナゴ捕まえたり、そういうのがたぶん原体験、原風景として残っていて。

そんな人間が山形に行って自分を取り戻したんでしょうね。山形というのは山に囲まれていて、長野と似ているんです、風景が。
人も、良い人ばかりで、それで、農業法人の人たちとの価値観も合うというのがありました。

そして同時に、その農業法人での自己開拓プログラムの中で、農業のいろいろな課題や問題を法的に支援できる部分って、すごくたくさんあるなというのがわかりました。


■「岩崎さん、弁護士になるのなら、こういう女性の地位を、農村女性の地位を向上させる活動をしてほしい」と言われて……

――農業の課題や問題を法的に支援できる部分とは、具体的にどのようなことに気付きました?

岩崎:農家も中小企業であるという視点から、契約書をちゃんとチェックする必要があるとか、リスク管理する必要があるとか、債権回収とか、そういうものもいろいろあります。私が行った先が、というわけではなく、農業者一般を見てという意味ですが、そういったリーガル面が、ほぼなされていない状態だったり、言われるがまま出荷している状態だったり。

それから、当時は太陽光発電が爆発的に伸びた時期でした。
太陽光発電自体は別に悪いことではないけれど、それによって、農地が軒並み太陽光パネルになってしまって、隣の農地の栽培環境が変わってしまったよとか。農業には、そういった環境問題もありますね。

それから、もちろん大前提として例外はありますけど、農村の女性の地位の低さというのを如実に感じました。

――具体的にはどのようなことがありましたか?

岩崎:自己開拓プログラムを通して知り合った女性農業者が言うには、「女性農業者がどんなに頑張っても、『何々家の娘』としか呼ばれない」と。
「一農業者として、男性と変わらない実績をあげていても、何々家の娘としか呼ばれない。自分の名前ではなく、父親の名前が出る」と。
「もし、これが結婚したお嫁さんだったら、何々家の嫁という呼ばれ方になる」と話していました。

なんか、平安時代の古典みたいですよね。あの頃の文学って、女の人の名前って出てこないですよね。

――「何とか大臣の女」みたいな。

岩崎:そうそう。1000年の時を超えた呼び名かと思いました。
女性には個人としての固有名詞がないのです。何々家の嫁、何々家の娘というので。「岩崎紗矢佳」みたいな固有名詞で呼ばれない。

それで、その自己開拓プログラムで知り合った女性農業者から、「岩崎さん、弁護士になるのなら、こういう女性の地位を、農村女性の地位を向上させる活動をしてほしい」と言われて、「ああ、そういった問題もあるんだ」というのを、すごく感じたのです。

――そういったことがあったのですね。

岩崎:さらに、弁護士になって思うのは、そういった話は女性だけの話ではないのです。長男とか、次男とか同じく息子なのに扱いが異なったり。

さらにいうと、そもそも、跡継ぎの息子であっても、先代が亡くなるまでは、家長の名前で呼ばれる。
家長というのは、今の時代の制度ではないですが、家長という感覚は根強く残っていると感じます。
ついでにいうと、今の時点でも「農家は家督相続であるはずだ!」という声にはたびたび触れます。

何々家の息子、何々家の長男みたいな感じで、家長以外の農家の人というのは名前がない、ということは、今すごく感じています。
そういう家長以外の構成員の人権の擁護というか、地位の向上みたいなもの。個人の尊重みたいなものは必要だと、非常に実感しました。

とある農家の後継者の方は、長男で、「学生時代、学校から進路調査票を渡されて親父に見せた。そしたら、『お前に職業選択の自由はないからな』って言われたんだよね。」と仰っていました。

もちろん、自分の自由な意思でその道を選んだのなら良いですが、そうでない場合、職業選択の自由がない。
「農家になる」ということは、その農地の近くに住むことがだいたい決まりますよね、都会に住みたいとかできないです。
結婚も、男性であれば、相手の女性は自分の職業を持たず家にいて、よくいわれる「農家の嫁」としての勤めを果たしてくれる人を選ばないと・・、子どもが女性だけの家では、婿養子になってくれる人とじゃないと結婚させない、みたいなことも、たびたび聞きますよね。

居住移転の自由、婚姻の自由も、間接的に制限されているな、と思いました。

そして、当時、これこそが、私が弁護士として改善を訴えていくべき部分だろうと、思ったのです。

あと、ついでに、もっと現実的な話をしますと、個人経営の農家の後継ぎは、40代、50代になって農作業の中心を担うようになっても、出荷を父親の名前でやっていると、確定申告も父親名義になりますので、自分の申告書がないわけです。
そうすると、クレジットカードを作ろうと思っても、収入が無い人として扱われて、審査が通らずカードを作れない、という話は何人かから聞いたことがあります。そして、相続した途端に、信販会社から「ゴールドカード作れますよ」というダイレクトメールが来て愕然としたと。

笑い話みたいに聞こえるかもしれませんが、実は、深い話で事業承継にも繋がっていきます。
父親が亡くなり、相続をして初めてその農業経営の収支を知る、というケースは少なくありません。
そして、それは、特に都市農家では農地を失うことにもストレートに繋がります。
さらに、そこで初めて農業の「経営」を学ぼうとしても、時期的に遅いことも多いと思います。
先代は、まだ体が動くうちに、経営を後継者に譲って、サポートをしていく形が事業承継という意味では望ましいと強く思います。
そうすれば、クレジットカードを使って必要なものも買えますしね。

――それは、農業法人に自己開拓プログラムに行かなければ気づかなかった、あるいは気づくのが遅くなっていたかもしれませんね?

岩崎:はい。なので、本当に自己開拓プログラムに行って良かったなと思います。

最初は周囲のみんなが「農業と弁護士は何の関係があるの?」と言っていたけれど、「こんなに関係があるんだよ」と言えるようになりました。


■「何を自分の柱とするのか」と聞かれて「農業です」と答えました

――弁護士として最初の職場は、都内の弁護士法人ですね。

岩崎:はい。最初の事務所は、何でも好きなことをさせてもらえる職場でした。むしろ、好きなことがないと埋もれていくから、好きなことを見つけろという事務所でしたね。

――そこで最初から農業について扱っていたのですか?

岩崎:そうですね。事務所の方針として「何を自分の柱として、弁護士として生きていくのか。ちゃんと考えて、その考えを言えない人は、うちの事務所では難しい」というような事務所でした。
そんな中で、採用面接で「何を自分の柱とするのか」と聞かれて「農業です」と答えました。
ですから、一番最初から農業です。もう採用面接を受けた修習中から農業です、農業、農業、農業と言い続けて……今も言っています。

――そういった方針ではない事務所、個性を認めないような事務所もたくさんありますよね? 言われたことをやるみたいな。

岩崎:そういう事務所もあるようですね。私の入った事務所は当時「入って2年経ったら次の自分の居場所を見つけなさい」、「自分の力で食べていける弁護士になりなさい」という考え方。2年間、お給料はないですが、経費の心配は要らないよ。という感じです。

――お給料がない。

岩崎:そうそう。最初から個人事業主。たぶん、多くの弁護士事務所とか、世の中がイメージする若手の弁護士って、いわゆるイソ弁とか、アソシエイトと呼ばれる勤務弁護士という形態だと思います。
所長弁護士からお給料をもらって、所長や先輩の取ってきた仕事を任せてもらうというものが多いのではないかと思います。

でも、私の入った事務所は、「いやいや、弁護士なんだから、自分の腕で生きていきなさい」という考え方。
「自分のお客さん」「自分の仕事」を取ってきてくださいねという考え方。

すごい事務所なんですよ。
新人にそんなバイタリティを求める先輩たちは、さらにすごくて、先輩たちの専門性は突出していてレベルが高いし、発想が面白くて、もはやベンチャー企業ですよね。
辞めた今でも色々とお世話になっています。

――それで頑張って、2年ぐらいで独立してくれ、と。

岩崎:独立とは限りませんけれど、次のステップに進みなさい、と。人によっては厳しい体制かもしれないですね。

私、35歳で弁護士になったので、社会経験もあるし、それまでの人脈もあるし、飛び込み営業行けっていったら躊躇せずに行くし、むしろ言われなくても空いてる時間は、常に営業に回っていましたし。
駅前で自分のチラシを配ろうかとも考えました……費用対効果を考えて、やりませんでしたけど。
ある種、肝が座っているというか、弁護士としてはこれからだけど、社会の荒波を生きていく力だけはあるというか(笑)。


■「畑に一番近い弁護士」

――いま、「畑に一番近い弁護士」ということでご活躍されていますが、「畑に一番近い弁護士」というのはどういうイメージでしょうか。また、長野県という出身地や、自己開拓プログラム先の山形での経験もあるなかで、ある意味、畑から遠いというか、畑があまりない東京で事務所を持たれている理由はありますか?

岩崎:地方では農家兼弁護士という方もいて、事務所の隣に畑がある人もいますから、客観的距離でいえば、その先生に「私のほうが近い」と言われたら、「すみません、その通りです」となります(笑)。
「畑に一番近い弁護士」というのは、もちろん比喩です。
そして、「畑」は「農家」という意味の比喩として使っています。つまり、「農家に一番近い」という意味で「畑に一番近い」とカッコよく言っています。

――なるほど、そういうことですね。ちなみに、「畑に一番近い弁護士」と名乗り始めたのは最初からですか?

岩崎:いいえ。弁護士になって何年か経った頃です。とある出版社の企画でエッセイを書いたときに、編集の方に「目に留まるキャッチフレーズを付けたほうがいいよ、みんなに知ってもらったら、助けられる人も増えるよ。」と助言いただいて。
そしたら、みんなに「いいね!」と言ってもらえて、今、東京都内の自治体の農業委員をやらせていただいていますが、そのきっかけも、市役所の方が「畑に一番近い弁護士」なんだから「農業委員に応募してみない?」と声を掛けてくれました。


■依頼者とその周りの人を「負のスパイラルから引っ張り出す」

――「ゆずの木法律事務所」のホームページの「ごあいさつ」に、「私の弁護士としての目標は、依頼者とその周りの人を『負のスパイラルから引っ張り出す』ことです」と書かれています。「負のスパイラル」の意味を教えてください。

岩崎:農家に限らずなんですけれども。今の日本だと、弁護士のところへ来る人は、基本的には困っている人なわけですよね。
困りごとって、聞いていると、ひとつではなくて……ほんのひとつの困りごとなら、たぶん、弁護士のところに相談するまで事態が膨らまないものが多いと思うんです。

たとえば、市役所へ行けば解決するとか、銀行へ行けば解決する、とか。そういった困りごとの段階もあります。
でも、そういった物事が複雑にこんがらがって、悪循環になっていて、一人じゃどうしようもなくて、弁護士に来るみたいなことがけっこうあります。

たとえば、専業主婦の方からの借金の返済ができなくて困っているという相談の中には、夫は働いていて相応の収入もあるが、生活費を渡してもらえず、生活費を入れて欲しいと頼むと暴力を振るわれるため、やむを得ずカードキャッシングなどを利用して生活費に充てていたというようなことがあります。

この相談の場合、その借金問題を解決しても、DV(家庭内暴力)がなくならない限りは、この人は同じことを繰り返さざるを得ない可能性があると思います。

一般論ですが、一度返せなくなった人は、次は銀行や信販会社、テレビでCMをしているような会社などはお金を貸してくれない可能性が高くて、いわゆる闇金とか、素性の知れないSNSで知り合った個人からお金を借り、法外な利息で返済を求められたりすることがある。
中には通帳やキャッシュカードを売ってお金を得るなどの犯罪行為に手を染めなければならない人もいる。この売られた口座は振り込め詐欺などに使われるおそれがある。そんな非常に追い詰められた状態になってしまう可能性もあるんです。
だから、こういった場合は、借金問題と同時に、その人を夫から引き離して心身の安全を確保しないと前に進めないと私は思うんです。

このように、複合的要因が絡まり合って、ずっと負のスパイラルの中に生きている人というのは、ものすごく多いです。

――なるほど。

岩崎:だから、根本的な問題を解決して「負のスパイラル」から引っ張り出す。
それで、正常なスパイラルに入っていくような、そういうことをしたいです。

もちろん、全てがうまくいくわけではなく、できない時もあります。他人が他人を変えることは本当に難しいと思いますし、他人の心を他人である私が変える必要があるのかな、と思っています。
だから、その人の心を変えるというよりは、置かれている立場と環境を、法的手続きを使って変えるということをしようと、その後、その人が新たな立場や環境で、自分の心を変えるか変えないかは、その人次第なんだと思います。その人の人生ですから。

――この例は農業・農家ではないですが、農家の場合、弁護士と聞くと気構えるというか、何か弁護士アレルギーも感じる方も多いかもしれません。また、先ほどお話しされた、女性の地位とか、長男という呼び方など、にしても、農村ならではの特徴もあるような気がします。

岩崎:そうですね。農家の問題もいろいろあって。
私がやっているのは、既存の地主の家系の農家さんだったら、そういう家庭内の地位みたいな問題もあるし。それから、農地の相続問題もあります。
相続でもめてしまって、農家を継がない相続人が農地を取得するとかもあります。農地を売るために取得することが殆どですので、農地が減ってしまいます。
そういった問題も実際に相続が起きる前に何かできたはず、というようなことは思います。

そのほかにも新規就農者だと農地を借りられないとか、農地は借りられても作業場がなく出荷に支障があって狙った販売方法や売り先に売れないということもあります。農産物の売り先がないから、事業計画立てられなくて、農地を借りられないという話にもなります。このように悩みがグルグル回っているのですけれど、それも同じ「負のスパイラル」です。

さきほどのDVの話のような緊急の問題ではないかもしれないですけれど、農家・農業者にとっては、生活の糧ですし、人生そのものですので、大きな問題です。

また、農業ならではの相談といっても、いくつかパターンがありますが、最近は、耕作放棄地や所有者不明農地とかもそうですね。
一つの農家が相続問題を放置してしまうと、その農地が荒れて害虫や病気が出てしまい、周辺の農地に害虫や病気が移ってしまう。広がりの早い病気などでは産地全体が打撃を受けてしまう。

相続人がいない農家だったとしても、亡くなってすぐに所有者不明農地に対処する制度を使って他の農家がその農地を引き受ければ解決していたのに、と思うケースもあります。


■弁護士に対するアレルギー

――相談内容への対応も農家に寄り添いながら、ということですね。相談者は全国にいますか?

岩崎:そうですね、最近は、地方の案件もご相談もいただくようになってきました。

――「ゆずの木法律事務所」では、農業者限定で、農業経営に関する法務について一般的な質問・疑問についてご説明する定期的なゼミナール形式の勉強会「ゆずの木ゼミ」がありますよね。ゼミでは、どういったことをされているのでしょうか?

岩崎:簡単にいうと抽象化された困りごとの交通整理をするという感じです。

――ゆずの木ゼミはどのように開催されていますか?

岩崎:ゆずの木ゼミは、法律相談ではありませんので、個別の相談はお受けしません。
弁護士に対するアレルギーをなくす、リーガルリテラシーを高める、法的問題を題材にしてクリティカルシンキングなど生きていく上で自分を守る方法を身に付ける、といったことを目的としています。

弁護士はクリティカルシンキングが得意です。
「司法試験に受かるためには、六法全書全部暗記するの?」と聞かれることがあります。
「もちろんです。」と、冗談で答えていますが(笑)、

司法試験で重要なのは、本質を見極めて論理的に構成し、バランスのよい解決を導くという能力なのです。まさに、クリティカルシンキングですよね。

――弁護士に対するアレルギーというのは、何かすごくお金取られそうだから大変、ということではないのですか?

岩崎:そうではないと思います(笑)。
農家のお客さんは、誠実な人が多くて、お金はきっちりと払ってくれます。
だから、弁護士に対するアレルギーというのは、そういう話ではなくて。

もちろん、お金がかかると思って相談を躊躇する人もいるかもしれませんが……そういう方には、農業経営相談事業など公的補助を受けて弁護士に相談できる制度をご案内しています。

――似た話かもしれませんが、私は別の弁護士の方に聞いたことがあるのは、農村と漁村で裁判への意識が違う、と。

岩崎:へぇ、そうなのですね。農村と漁村で違うのですか?

――漁村は裁判とか昔から多い。何かトラブルがあった時に、裁判で争って、それで結果が出たら、みんな後腐れなくさっぱりする、と。
一方で、農村部は裁判をするのがそもそも珍しいし、裁判で勝った負けたという結果に関係なく、訴えた人が村八分になるとか。
つまり、農村と漁村で法律や裁判の使い方とかの感覚が違う、という話を聞いたことがあります。
そういった感覚が、弁護士に対する農家ならではのアレルギーにつながっているのかもしれない、とお話を聞いていて思いました。

岩崎:おもしろいですね。農耕民族か狩猟民族かの違い、みたいな感じですかね。

――そういうアレルギーというイメージですかね? 表沙汰にしたくない、荒立てたくないとか。

岩崎:そうです、そうです。
そして、その前に、この弁護士信用できるのか、頼んで下手なことにならないのか、もあるんじゃないかと思います。

私、趣味が援農ボランティアなので、あちこちの農家に手伝いに行くんですが、だいたいいつも「仕事何してるの?」と聞かれて、隠すのも変だと思って、「弁護士です。」と答えると、「何しに来たの?」と言われるのです。「農作業に来ました」と答えるのですが・・・、だいたい、最初は警戒されますね。

だけど、農作業を教えてもらって、本当に、泥まみれ、たまにはアブラ虫まみれ、みたいになりながら作業をしていると、「弁護士っていうけど、普通の人じゃない」「いい人じゃない、頑張っているじゃない」みたいな感じになってきます。

何回か同じ農家に通うと、「岩崎さん、今日資材運ぶの手伝ってくれない? 軽トラ乗ってよ」と軽トラに乗せてもらったりすることもあります。
それで、農家さんと2人で軽トラに乗っていくと、「実はさ、ちょっと相談したいことがあってさ。」という感じで相談されたりして(笑)。

本当は弁護士を必要としているけれども、あまり、最初から信用したくない。
人となりを知って、信用できる人だったら相談したいみたいな、そういう感じがあるようです。よく分からない人に、踏み込まれたり、踏みにじられたりしたくない。そういった部分が、弁護士に対するアレルギー、というように感じています。


■トラブルは芽が小さいうちに摘みたい

――農家は基本的に弁護士を相談相手として想定していない、ということなのでしょうか? たとえば、農業ボランティアに岩崎さんが来られることによって、「あれ、弁護士の人がいる」というので、農家には相談先の選択肢が生まれるわけですよね。
弁護士があまり近場にいないということなのでしょうか。地元に有名な弁護士がいるけれど、実は関係性としてはそれほど距離が近くないとか?

岩崎:農家の多くは土地持ちなので、たぶん、相続で揉めたら、弁護士が入っていると思います。なので、地主の家系の人にとって弁護士との距離が遠いということはない、というか、いざとなったら頼む先だということは分かっていると思います。

弁護士である以前に、人としてどうなのかというのを、たぶんすごく見るのだと思います。

――職業として珍しいということもあるかもしれませんね。

岩崎:それはあると思います。今はだいぶ改善されてきていますが、弁護士が少ない地方は多いです。とくに農村地帯は。
弁護士がいるのは都市部が中心です。日本に弁護士が約4万5000人いるうちの確か2万人ちょっとくらいは東京にいます。残りのうち、8000人ほどはは大阪と名古屋にいるとか。日弁連のウェブサイトなどに正確な数字載っていると思いますが、いずれにしても、都市部に集中しています。

――今はオンライン相談もありますし、都市部の弁護士が地方の相談も対応するということは増えていますか?

岩崎:そうですね。地方の相談に対応する弁護士はいますよね。

――そういった話が増えているという面でも、アレルギーというか、身近ではない人が来て、どこから来た誰なのか不審に思うことはありそうですね。

岩崎:そうですね、それもありますね。弁護士を頼もうと思っても、素性の分からない弁護士は嫌だと。
よく分からない弁護士を入れるくらいなら、自分たちでなんとか終わらせようとか。

また、その前に「弁護士に何を相談すればいいかわからない」ということもあると思います。そもそも司法書士、行政書士、税理士、弁護士の違いがわからない人もけっこういます。

――なるほど。ゆずの木ゼミには、そういった部分を知ってもらうための入り口、という意味もあるのでしょうか。

岩崎:はい。弁護士って何を相談する先かということを知ってもらいたいというのもあるし。
あとは、さっきの負のスパイラルの話もそうですが、トラブルは芽が小さいうちに摘みたいのです。大きくなったら大変なので、芽が小さいうちに摘んでおくほうがいいと思うのです。
参加者のリーガルリテラシーの向上を目指す。そういうことをしているのがゆずの木ゼミです。


■もめる前の通常の農地に携われると思ったので、農業委員に応募

――この企画は、農業観と農地観、とあえて分けて名付けています。法律といえば、農業はもちろん関係ありますが、やはり農地の話こそ法律の世界、という印象を持つ人も多いと思います。
農地観とまではいかなくとも、農地に関して普段から思われていることはありますか? たとえば、農地法に基づく事務を執行する行政委員会として市町村に設置されている農業委員会についてなど、どうでしょう?

岩崎:私は、去年からの東京都内の自治体の農業委員になりました。農業委員は公募制なので、応募したのです。
農業委員に応募した一番の理由は、早い段階で農地保全に取り組みたいと思ったからです。
さきほども言ったように、弁護士として農地の地主さんの相続問題とかを取り扱いますが、結局、弁護士のところに来た時は、もうもめている状態で、もう農地を売らなくてはいけないとか、そういうのが迫っている状態なのです。

そうなると、いくら頑張っても売るしかないようなタイミングでの相談も多いわけです。これだけもめちゃったから弁護士に相談しよう、ということになっていらっしゃるのです。だから、もっと前の段階から農地の保全に関わりたいなと思ったのです。

もちろん、もめるまえに、もっと前からの弁護士の必要性を予防法務的なものを私がアピールできていれば、前の段階から関われて、大事に至らないこともできるのでしょうけれど、私の力不足ですね。

さきほど話した弁護士に対するアレルギーもあるし、「まだもめていないのに、何でお金払って弁護士頼むの?」みたいな話にもなってしまうわけです。

農業委員は、農地の管理の指導もしますし、農地法3条の許可などにも携わるため、切羽詰まる前、もめる前の通常の農地に携われると思ったので、農業委員に応募しました。


■予防法務という意味で、農家の方にも顧問弁護士を付けていただくといいかなと思っています

――弁護士の方に相談に来た時点でもう選択肢が限られているというお話がありました。相続などで農地をめぐってある程度こんがらがった状態で相談に来るという話。
ある意味、歯医者に行くときに、虫歯がもう悪化して来るのではなくて、定期検診をやってできるだけ、早いうちに処理したほうが、選択肢が多かったり、傷が浅くて済んだり、というような話でしょうか。

岩崎:そうです。そういうことです。

――昔に比べると虫歯になってから歯医者に行くのではなく、定期検診する人が増えたというような話は聞きます。ただ、なかなか同じ感覚で、弁護士に相談する、ということはないですよね。
たとえば、税理士さんには確定申告などで毎年関わることがありますが、弁護士というと、顧問弁護士などをつけていなければ、それほど身近ではないという感じですよね。

岩崎:そう思いますね。
なので、私は農家の顧問というのをやって、定期検診の歯医者さんみたいな感じで。
別に定期的じゃなくてもいいのですけども、随時、適宜。
いつでも「困った」と思った時に、すぐ電話できる、すぐメールすれば、すぐ返してもらえる。そういう関係を作っておくと良いと思っています。

初めてのお客さまが「相続でもめて困っています。どうすればいいですか。急ぎなんです。」とご連絡くださることが、間々あります。
相談者が相続人なのか相続人の配偶者や子などなのか、相続人自体が弁護士に相談しようとしているのか、ということから始まって、
家族構成、相続人の人数、相続人の中に認知症など判断能力が低下している人がいないか、とか、
農地の名義は誰になっているのか、どこにあるのか、市街化調整区域か、市街化区域か、それぞれの中でも、農振地域なのか、生産緑地指定受けているのか、
今、誰かに貸しているのか、耕作放棄地になっていないか、農地台帳から外れていないか、農地にハウスなどが建っていないか、そのハウスは補助金などを受けて建てていないか、もし売ったり取り壊したりしたら補助金を戻せと言われないか、相続税等の納税猶予は受けているのか
借入金などの負の資産はあるのか、それは、相続税を見通しての借入れか、単にお金が無くて借りているものなのか、

などなど、いま、ざっと思いついただけでも、色々なことを確認しないと、どうすれば良いか方針が決められないのですけど。
それを確認するためには、色々な書類を取ったりしないといけないのですが、時間がかかるものもあります。

これらを確認する前に、「仮で良いから私の質問に答えて欲しい」とおっしゃる人も少なからずいます。
でも「仮にこの土地の名義が先代のままだったら」とか、「仮に納税猶予を受けいたら」とか、仮定の話をしたところで、その場では分かった気になっても、たぶん、帰ったら分からなくなってしまいます。

仮定の話をするということは、場合分けをするということなので、枝分かれしたそれぞれの論理と結論を理解する必要があって、訳が分からなくなりがちです。

しかも、たとえば、農地のうち生産緑地に指定しているのはここからここまで、納税猶予の適用を受けているのはここだけ、と認識していたけど、実は範囲が違っていた、とか。
そういう主観と客観にズレがあるときに、相談者の主観を前提として手続きを説明して、いざ、農地を売る段階になって、認識が違っていたことが分かり、必要な手続きをしようと思っても申請期限が過ぎていて売れなかった、といったこともありますからね。
だから、事実関係は主観的な認識ではなく、客観的な資料で確認しないと危ないんです。
登記簿や戸籍などの一般には見慣れない資料を読んで、民法や農地法などの法知識と登記簿等で把握した事実関係を照らし合わせて検討していくので、
それができないのなら、きちんとした解決には至らないと思います。
そうなると、なかなか、すぐに話が進まないですよね(笑)。

――時間がかかりますね。

岩崎:はい。たとえば、農地の相続税の納税猶予は、相続税申告期限までに、農業委員会などの必要な手続きを済ませた上で申請しなければなりません。
揉めてから、イチから確認していったら、おそらく、時間的に間に合わないことが殆どだと思います。

それが、顧問として契約していると、
「あの圃場のことですか。北側の半分は納税猶予受けていないですよね」とか、
「今年はこれを作付けすると仰っていませんでした?農地売るまでに収穫できるんですか?契約栽培でしたよね?」、
「ご兄弟、ご体調崩されてましたよね。譲ってくれる気持ちがあっても、もしものときに判断能力が無くなっていたら、ハンコ押してもらえない可能性ありますね。」
「その状態だったら、今すぐできることは、こういうことがありますよ。急いでやってしまいましょう。」とか「焦る気持ちはあるかもしれませんが、今は待つのが得策かもしれませんね。」とか、
わかるので、その時にすぐに、スピーディーにアドバイスができるという感じですよね。
小さな不安やモヤモヤを早期に解決することで、負のスパイラルに入るのを防ぎます。

――確かに。弁護士というと、最後の受け皿というか、悩みの相談先として一番最後のイメージを持たれがちだと思います。友だちに相談したり、家族に相談してもダメで、行政もダメ、どうしようもなく、最後の受け皿で弁護士に相談したり、裁判になっていくイメージがあります。
そうではなくて、もっと普段からの相談先になるもの、ということですね。

岩崎:もちろん、もちろん。
予防法務という分野があります。風邪を予防するとかの予防、予め防ぐという視点です。
企業法務でよく使われます。

――確かに、企業のリスク管理は、予防が重要ですよね。

岩崎:そうです。契約書のチェックも当然そのひとつです。事が起きる前に、それを防ぐための法務というものがあります。
それは、別に企業だけではなく、一般の事業者とか、もっといえば、個人の家庭の問題も予防法務ができると思うのです。

ですから、予防法務という意味で、農家の方にも顧問弁護士を付けていただくといいかなと思っています。

――まさに農地の相続は、いつくるかわからないけれども、いつかは必ず課題になるという話ですよね。しかも、選択肢もいくつかあって、その選択肢は時間が経つごと狭まっていくという特徴があります。
また、農地の場合、時間がたつごとに必要な書類も増えますよね。地権者が増えたり、そういった面でも予防法務といいますか、事前事前の対策を可能な範囲でしていくことが重要ですよね。

岩崎:そうですね。そういう感じです。


■ほかの人たちに「女性も発言するんだ」とか思ってもらう

――農業委員に応募した理由はほかにありますか?

岩崎:はい。もう1つの理由は、女性の農業委員としての役割があります。
女性の農業委員を増やすというのは、国の政策ですが、私の場合、農家ではないので、農家の女性などがいう、農村の女性の見えない鎖みたいなものにつながれていません。
だからこそ、そういう女性が農業委員会の中にいることで、いろいろしがらみを考えないで、どんどん自由に発言できるわけです。
そうすることで、ほかの人たちに「女性も発言するんだ」と思ってもらう。
実際、そういったことも期待して、女性農業委員の公募がかけられているとも思いますし。

――女性にも伝わってほしいし、男性の方にも伝わってほしい、ということですね。

岩崎:そうですね。


■農業委員会や農業委員を悪く言う報道のイメージで、何か悪循環を生んでいないか

――農業委員会というと、ニュースで悪く書かれることもありますよね。

岩崎:そういうものも見たことはありますね。たとえば、農業委員の高齢化が進んでいたり、女性の農業委員がいなかったりで、その見方が偏っているだとか、知り合いの農家を優遇しているとか。そういうのを悪く書く記事などをみることがあります。

ただ、そういった記事の内容は、本当に客観的な声なのかな、とか、事実と評価をちゃんと書き分けているかな?と疑問に思うこともあります。

私のいる農業委員会は、会長をはじめとして、バランス感覚に優れていて、たとえ、知り合いの農家であったとしても、指導すべきはきちんと指導する。女性農業委員だから意見を聞かない、とかは無いと感じています。

世の中で悪く書かれることもありますけれど、そうではない委員会や委員もいるというのはすごく感じています。悪く言う報道のイメージで、何か悪循環を生んでいないかな、思っています。

――なるほど。ただ実際のところ、農業委員会といえば「農地の番人」と呼ばれるほど、農地法ならではの特別な組織ですから、弁護士である岩崎さんの場合、法律の専門家ということで、一目置かれているということもあるのでは?(笑)

岩崎:置かれているかは分かりませんが、話を聞いてもらえるように、努力はしていますね(笑)。
それは、農業委員会だから、女性だから、は関係なく、どんな会議体でも、立場でも同じだと思いますが。
弁護士という難関資格を取っただけじゃないか、農業のことなんて何にも分からないくせに、というような目で見られないように。

それに、農作業や栽培のことが分からないのは事実なので「教えて下さい!」って聞いています。
そうすると、みんなで農地の調査などに行ったとき、農家の農業委員の方が、私が畑の様子を勉強できるようにしてくれます。農作物だけでなく、畑にある雑草の種類や特徴、季節や気温のこと、剪定の時期や方法など色々教えてくださいます。
だから、私も「法律にはこう書いてあります、通達にはこうに書いてあります、でも、私の経験ではこういうことがありました。今回は、ここがポイントで、ここに気を付けないと揉めちゃうでしょうね。」みたいな感じで、知っていることはできる限り伝えるようにしています……何というか、お互い補完し合えるように、役に立てるように努めてはいます(笑)。

――というと、弁護士だから女性であっても話を聞いてもらえる、という可能性もありますかね?

岩崎:私のいる農業委員会には、ほかにも女性の委員がいます。他の女性委員に対しても、私に対する接し方と同じで、その人たちの意見を蔑ろにはしない、という雰囲気です。
意見が出たときに、「ああ、そうなんだね。それならこうしたらどう?」といった感じで。
女性でも男性でも、公の会議で発言をすることに慣れていない人はいると思います。
それでも、その人が言いたいことを引き出すようなサポートをする雰囲気のある会議体ですね。
それは、議長である会長の配慮のも感じますし、他の委員の姿勢もあると思います。
農業委員会は、「合議制」の「行政機関」ですので、ひとりひとりの意見を無視したり蔑ろにしたりするような会議体であれば、行政機関として公平・公正な判断ができない可能性もあるのではないかと思います。

少なくとも今の私のいる農業委員会は、皆の意見を聞こうという文化のある農業委員会なのかな、というのはあります。
ただ、ほかの地域の農業委員会の女性の話を聞くと、「私が発言しても、全然話を聞いてくれない」みたいなことは耳にします。

――そういう農業委員会だけではない、ということですね?

岩崎:どうやら、そのようですね。
ただ、もしかしたら、意見を言うときの話の組立て方とか、ポイントの絞り方などもあるのかもしれません。
公の会議で話した経験が少ないと、その話し方とかが分からないこともあるんじゃないかと思います。
そういう意味でも、ゆずの木ゼミみたいな場があって、クリティカルシンキングに触れられたら、良いトレーニングになるのではないかと思っています。

――農業委員会を悪く書く記事ばかりが出回るというのは、どういった問題を孕んでいると思いますか?

岩崎:悪く書かれると、内実を知らない人からしてみればダメな組織という目で見られやすくなるのではないでしょうか。
本当は悪くないのに悪く書かれているのか、本当に悪いのか、それは分からないです。
ただ、そこには、本当は、何か良くなる芽があったり、何か良くなるきっかけがあったりするかもしれないのに、外からのバイアスによって、そういった芽やきっかけが、潰れてしまうのではないかと、すごくもったいないなと思っています。

付け加えると、女性には女性の視点がある、という前提で、女性委員を必要とする、という趣旨だったら、その時点でおかしな考え方ですよね。
類型的に女性が置かれがちな立場からの視点、という意味だったら分からなくはないですが、でも、そうであれば、そういう立場におかれている女性を選ばないと、その視点からの発言はできないかもしれませんね。同じく女性であっても、そこに思いが至らない可能性はあります。

私は、多様性という意味では、女性を入れるだけではなく、年代の多様性も配慮すべきと思います。
私より下の世代は、男性だから女性だからという感覚がより薄くなっているように感じます。他方で、60代、70代といった今までの時代を作ってきてくれた世代の意見も必要と思います。


■「農業弁護士現場100回プロジェクト」

――最後に、話したいことありますか。

岩崎:あります!ちょっと長いんですけど。

私は、弁護士として、私に相談いただいた方を、負のスパイラルから引っ張り出すお手伝いをしたいと思っています。
苦しい立場に置かれている人の一灯となれる法律家になりたいと思っています。

私は、両親のおかげで、何の不自由もなく学校に通い、就職して、さらに会社を辞めて大学院に行き、弁護士になりました。両親が万全のサポートをしてくれました。今でも最大で最強の味方です。
でも、これは、当たり前のことでは全くなくて、私の両親がたまたま心身ともに健康で、自分の苦労を全く厭わず娘が幸せになれるようにと、サポートできる状態だったから、私の未来を潰すことなく、いつも全力で応援してくれることが、できているんだと思います。
その地域では当然とされていた価値観や生き方を娘に負わせることなく、私が自分の意思で自由に、仕事も住む場所も結婚する相手も選べるように、そして「正のスパイラル」の中で生きていけるように、その土台を作ってくれました。
そして、その土台があるからこそ、私は本当に人に恵まれて、学生時代から会社員、大学院、弁護士になってからも、とにかく、いつも周りの人が助けてくれました。
20年、30年来の付き合いの友人や先輩、支えて下さる方々が沢山います。山形以降、この10年程で知り合った農業関係の仲間は、特に個性豊かでまっすぐで自由で本当に素敵な人ばかりですし。
弁護士をやっていく上でも、怖い目に遭ったり、プレッシャーに耐えきれなくなったりして、先輩弁護士に助けてもらったこともあります。

でも、世の中は全ての人が、そういう環境にいるわけではありません。だから、私は周りの人のおかげで恵まれて生きてきた分、社会にお返ししなければいけないと思っています。
お返しの方法は、色々あると思うのですが、私は、自分が一番自然体で能力を発揮できる農業という分野で、これからも現場に入りたいと思っています。

2024年、弁護士登録10周年記念として「農業弁護士現場100回プロジェクト」と名付けて、アニバーサリーイヤーに100件以上の農業の現場を見ることを自分に課しました。
訪問先を明らかにできないものも半分くらいあるのですが、おかげ様で、全国100件以上の農地・農業の現場を見せていただきました。
また、農業を支援する団体の方にも色々と教えていただく機会も増えました。私が研修やセミナーの講師をさせていただく機会も沢山いただきました。全てが糧となります。

どんな仕事にも大変なことは多いと思いますが、弁護士の仕事も、御多分に漏れず、心身を削られることが本当に多いです。私は、けっこうなワーカホリックで、取り憑かれたように仕事をすることがあって。だからと言って、うまくいくことばかりではなくて、自分の甘さに嫌気が差したり。
これはある方の言葉をお借りして、自分に言い聞かせていることですが、
「今は今しかない」ので、あの時ああすれば良かった、と後悔はしたくないので。この10年の経験をもって、まだ見ぬこの先の10年、どれだけの人にお返しできるかな。10年後の自分に、笑顔で自信を持って会いにいけるかな。一度きりの人生なので、できることなら人の役に立ちたいな。と思っています。

弁護士は「在野法曹」と呼ばれます。「野」は単に「官職でない」という意味に留まらず、「市井の人々と共にある」という意味だと私は捉えています。

そして、その名に恥じないように、これからも農業の「現場の声」を拾っていきたいと思っています。声なき声も拾えるように、全力で見て・聞いて・感じて、私にできることをしたいと思っています。

長々と、本当に長々とお話しましたが、
こうして皆様に私の農業に対する取り組みをお伝えできる機会をいただき、とてもありがたいな、と思っています。
小川先生(聞き手)、この度は、本当にありがとうございました!
お読みくださったみなさま、本当にありがとうございました!

(おわり)

この記事は、小川真如による個人研究「現代の農業観・農地観」の成果です。